難波信一書き下ろし
エッセイ


2002年06月号
動物病院ウォーズ
エピソード1:飼い主さんの逆襲!!

  病気を診断して治療するのが、私たち開業獣医師の仕事です。でも、飼い主さんの助けがないと治る病気も治せません。「そんなこと、当たり前でしょ!!」と思うでしょ?? 診療をしていると当たり前のことが、当たり前じゃなくなるんですねぇ〜、これが。今回は「恐怖!! やってしまった飼い主さん!!」と副題を付けて、私の病院で実際に起きたエピソードを綴ってみたいと思います。すでに、私はこの話を書く前から、背筋がゾーっとしています(苦笑)。

その1:あぁ、目にしみる。。。
 キャンちゃん、マルチーズ、3歳、女の子。去年の夏、外耳炎の治療で病院に通っていました。診断は、アレルギーがらみの慢性外耳炎で、暖かくなってくると毎年カユくなります。家で治療できるように点耳薬(てんじやく)を渡してありました。暖かくなり始めると、毎年のように外耳炎、皮膚病になりやすい子達がやってきますので、「そろそろキャンちゃんも来そうだなぁ。」なんて思っていました。思った通り来たんですが、ちょっと様子が変です。
飼い主さん「先生、キャンの左眼が開かないんです。何だか痛そうで。。。」
獣医さん「ありゃ、ホントだね。痛そうですねぇ。ちょっと検査してみましょう。」
といって獣医さんは検査を始めました。
獣医さん「どれどれ。。。あっ、眼に傷がありますねぇ。眼の透明な角膜って言うところに。そんなに深くはないですけどね。」
飼い主さん「先生、治りますかぁ??」
獣医さん「ふむ。抗生物質と角膜の傷を治す目薬を出しますから、1日4,5回つけて下さいね。で、1週間くらいで目薬がなくなりますから、もう一度診せてください。」
飼い主さん「わかりました。頑張って目薬つけます。」
と元気よく帰って行かれました。そして翌週、キャンちゃんが来ることはありませんでした。で、診察してから2週間後、キャンちゃんがやってきましたが、飼い主さんはどうも不満げでした。
飼い主さん「先生、全然良くならないぢゃないの!! 昨日くらいまでは、とっても良かったのに、今日目薬をつけたら、途端に痛がりだしたわよ!! どうなってるの!!」
獣医さん「ほほぉ。診てみましょう。あ。眼の表面が真っ白になってヒドイ炎症を起こしてますねぇ。目薬はちゃんとつけたんですよね??」
飼い主さん「そうです!! ちゃんとつけましたっ!! 白い入れ物に入った白いキャップのヤツ!!」
獣医さん「・・・ん?? 白い入れ物?? 白いキャップ?? 私が出したのは半透明なボディに紫色のキャップですよ。」
飼い主さん「そうそう!! 紫のキャップのをつけてたら1週間で終わっちゃったから、冷蔵庫においてあった白いのをつけたのよ!!」
獣医さん「あのぉ、その白いのって何ですかねぇ。。。」
飼い主さん「去年の夏もらったヤツ!! 先生、もう忘れたの・・・・!! ・・・あっ。。。まぁ。。。えっ!! あらヤダ。私ったら耳の薬と眼の薬を勘違いしてたわ!! 去年もらったの耳のく・す・り・・・よねぇ、先生。。。」
獣医さん「・・・あのねぇ。。。ま。いいや。眼の洗浄しましょうねっ!! あの耳の薬は眼につけると痛いの当たり前です。キャンちゃん、あーかわいそ。痛かったよねぇ〜。」
飼い主さん「・・・すみません・・・」
獣医さん「いやいや、謝るのは僕にじゃなくて、キャンちゃんね。でも、目が見えなくならなくて良かったですね。耳に入れる薬によっては、取り返しのつかない炎症を起こして、目が見えなくなることもあるんですよ。今度から気をつけてくださいね。」
飼い主さん「わ、わ、分かりました。今度から気をつけます。」
と、消え入るような声で答えてくれました。
キャンちゃんの場合は、たまたま眼の表面に軽い炎症を起こしただけで済みましたが、点耳薬を間違って眼に使うと、薬によっては「化学物質による熱傷」いわゆる「薬物によるヤケド」を起こして、取り返しがつかなくなって眼が見えなくなってしまうことがありますので注意が必要です。しかし、キャンちゃんはすーーーっごく眼にしみたでしょうね。
「以前、何の病気の時にもらった薬か。」「今の病気に使っても良いかどうか。」ちょっとでも不安な時は、薬を持って動物病院に行きましょう。「あぁ、その薬使いましょう。」って獣医さんに言われてから使うようにした方が安全です。

その2:医療の知識が邪魔をする。
 ミッキーちゃん、ラブラドール、5歳、男の子。ホットスポット(夏季急性湿疹)が、片方のほっぺたとお尻にできたので病院に来ました。ひと通り検査を終えて、薬を出しました。
受付「では、ミッキーちゃん、抗生物質を4錠ずつ1日2回で、この塗り薬を1日2回塗ってくださいね。で、1週間後に様子を診せてくださいね。お大事に。」
飼い主さん「分かりました。1週間後ですね。」
と、何事もなく、普段通りにホットスポットの治療をしました。そして1週間後、何か言いたそうな飼い主さんに連れられて、皮膚病がひどくなったミッキーちゃんがやってきました。
獣医さん「あっちゃぁ〜。。。ひどくなってますねぇ。。。」
飼い主さん「・・・・・・」
獣医さん「ちゃんとお薬飲んで、塗り薬もつけました?? もしそれで良くなってないんだったら、ちょっと詳しい検査をした方が良いかも知れませんねぇ。。。あっちゃぁ〜。。。」
ミッキーちゃんのヒドくなった皮膚病を診ながら、心の中で「先の検査に進んだ方が良いんだろうか。。。」と真剣に考えていました。すると、飼い主さんがおもむろに語り始めました。
飼い主さん「先生、実は私は人間の皮膚科で働いています。まず塗り薬ですが、ステロイドが入っていましたので、怖くて塗れませんでした。それから抗生物質は、調べてみると○○という薬で、人間でさえ1錠か2錠を1日3回しか飲みません。それをどうして人間より体重の軽いワンちゃんに4錠ずつ1日2回も飲ませるのか。。。納得できなかったので、1錠ずつ1日2回しか飲ませませんでした。全然良くならないのは、どうしてですか??」
文章にしてしまうと、穏やかになってしまいますが、この時飼い主さんは結構怒ってました(苦笑)。
獣医さん「治らないのは、当たり前です。」
引きつった笑顔では言ったものの、『あっ、言っちゃった。』と頭をよぎりました。どうやら飼い主さんの火に油を注いだようで、『ちゃんと説明してみろ!!』というような形相で睨み付けられました。
獣医さん「まず抗生物質ですが、、、(おもむろに獣医用の薬理学書を出して)、ヒトとワンちゃんでは、使う量が全く違うんです。これは皮膚の構造が違うので、薬の分布や作用が違うからなんです。ここに書いてあるように、この薬についてはヒトの2-4倍の処方が必要です。(おもむろにもう1冊違う薬理学書を出して) さっきの本にもこの本にも同じ量が書いてありますよね。ヒトの方では(ヒト用の薬理学書を出して)、このくらいの量で良いんですが、ワンちゃんには少ないんですよ。」
飼い主さん「ぁぁ・そうですか。分かりました。でもステロイドは、犬も同じでしょう!!」
獣医さん「すみません、悪気はないんですが。。。それも違います。ヒトとワンちゃんとでは、ステロイドの使い方も違うんですよ。ヒトの方では、ステロイドと言うと、すぐに『副作用が強い』と思われがちですよね。実際にむくみ(浮腫)が出たり、一度使い始めると止められなくなったり、使い続けると体を壊したり。。。ワンちゃんでも同じようなことはあります。ところが、まずヒト、ワンちゃん、ネコちゃんでは、ステロイドという薬に対する抵抗性が違うんです。ヒトはこの薬にものすごく敏感です。ワンちゃんは、ヒトよりも副作用が出にくいですし、ネコちゃんはもっと出にくいんです。ですから、この薬をどうやって上手に使うかが、病気を早く直すのに重要なんです。」
さっきまで、ちょっと怒っていた飼い主さんは、興味津々身を乗り出さんばかりに聞き入っています。
獣医さん「皮膚に炎症があって、それをステロイドを使わないばかりに何週間も治らないとします。ところがステロイドを使うと1週間で治ったとします。体にとって何週間も治らない炎症を抱えているのと、ステロイドを使って1週間で治ってしまうのと、どちらが負担でしょうね。恐らく、1週間で治ってしまえば、ステロイドを入れてあげた方が良いと思いますよ。それにミッキーちゃんの場合は塗り薬ですので、ほとんど副作用の心配はありませんし。」
飼い主さん「どうも、ステロイドと聞くと・・・ねぇ(苦笑しながら、まだ納得できない様子)。」
獣医さん「どうでしょう。1週間だけやってみませんか? 1週間で副作用が出ることは、ほとんどありません。」
飼い主さん「先生がそこまで言うのなら。。。やってみます。でも、副作用が出たらすぐに来ますから。」
と言われて帰って行かれました。そして1週間後。
飼い主さん「いやぁ〜、先生、ほとんど良くなっちゃいました。ありがとうございます。いやぁ〜、勉強させてもらいましたよ。『餅屋は餅屋』ですなぁ。ワッハッハ。」
獣医さん「良かったですねぇ。ワッハッハ(ワッハッハじゃねーよ(苦笑))」
さて、こう書くと『うちの子、皮膚病治らないわ。そうだ!! 明日動物病院に行ってステロイドを使ってもらおうかしら??』なんて安直に考えてしまいがちです。でもそうではありません。飼い主さんとして大切なのは、『何のためにその薬を使っているか。』を知ることです。注射をしたり、薬が出た時には、動物病院の獣医さんや看護師さんによく説明を受けて、分からなかったら質問しましょう。
今回は(?)、ちょっとシリアスに迫ってみました。何々『全然シリアスじゃない!!』ですか?? 失礼しました(笑)。