難波信一書き下ろし
エッセイ


2002年01月号
笑う角には福来たる
マックス・K


僕は笑う。上くちびるをちょっと持ち上げ、目は細めて
"シバシバ"させる。ちょっと腰が低そうに頭も下げる。怒っていないことを強調させるために、視線は宙を浮かせる。これで僕の「笑った顔」が完成する。笑う犬を知らない人間たちは、たまに僕が「怒っている」と誤解する。

甚だ迷惑な話だ。
 

僕が「笑っている」事に気がついたのは、小さな頃から掛かり付けの獣医さんだった。

「マックスぅ〜。」看護士さんが呼ぶ。「えへへ。」僕が笑う。

「おぉ、マックス。」先生が笑う。「でへへ。」僕も笑う。

「食うか?」先生がおやつを持ってる。「むふふ。」笑いながらヨダレが出る。

とにかく、誰に教わったわけでもないけれど笑ってしまう。

もちろん、おもしろくない時は笑わない。

小さい頃から笑うことを覚えた僕は、大人になっても笑ってしまう。

人間の家族にも恵まれ平々凡々な「笑う」生活を送っていた僕だった。

 

ある朝起きてみると、何だか身体がだるい。

食欲もなければ、散歩に行く気もしない。

おねぇちゃんに会った時も笑う気力さえ起きない。

「なんか変だぞぉ。」と思っていたら、さっさと病院に連れて行かれてしまった。

病院でおねぇちゃん、おかぁさん、おとぉさんが、僕の身体を触りながら「ここが凸凹なんです。」と言っているのが分かった。

そう。僕のアゴの両側がボコンと腫れていた。

先生が「マックスぅ、どうした?」って、いつものように笑ってた。

僕も「でへへ。」っていつものように笑い返した。

僕の身体を触っていた先生の眉間にシワが寄った。

シワの深さを見ながら、僕は「先生も歳には勝てないんだなぁ。もう40くらいになったかなぁ。。。」なんて思ってた。

先生が「マックス、残念だが、笑っている場合ではない。」と、真剣な顔で言われたけれど、笑ってしまった。。。

「むむっ。」先生に「ひょっとしたら大変なんだぞ!!」って言われたので、初めて笑うのを止めた。

実は、ボコンと腫れていたのは、アゴの所だけじゃなくて、体中のリンパ腺、いやいや専門用語で「リンパ節」という所が腫れているらしい。

「マックス。ちょっと痛いぞぉ。」と言われた瞬間、笑ってしまった。

ボコンに針を刺されたけれど、「チクッ」としただけなので大したことはなかった。

「良くできたぞぉ!!」って褒められたので、ちょっと不本意だったけど、笑ってあげた。

僕の身体にできたのは、「リンパ腫」という癌が強く疑われる結果だったらしい。

それから僕は麻酔をかけられ、ガンを確認するために「バイオプシー」をした。

麻酔から覚めかけた時に「マックス。」って呼ばれたけど、唇に力が入らなかった。どうやら僕は不気味に笑ったらしい。

先生と看護士さんの顔が、引きつった笑顔だった。

「どこかで見たことあるなぁ。」と思ったら、それはテレビの「ちびまる子ちゃん」で見たことのある「ザー。。。」の顔だった。

何日かして、先生は「リンパ腫というガン」である事を僕の家族に告げた。

みんな泣いていたのに、僕だけ笑ってた。

僕は馬鹿じゃない。

ただ笑うのが好きなんだ。

 

斯くして僕のガン治療が始まった。

どうやら「リンパ腫」というガンは、抗ガン剤によく反応するらしい。

前足の毛をバリカンで刈られ、ツルツルにされたら、ちょっとスースーした。

先生と看護士さんは帽子にマスク、それにゴム手袋までつけていた。

挙げ句の果てに僕の前足の下にはオシッコシート。

「オシッコの出るところは、違うぞぉ。」と思ったけど言わなかった。

何だか大げさだった。

「ちょっとチクッとするぞぉ。」と先生が言った。

まぁ、ちょっと痛かっただけだから、とりあえず笑顔。

「マックスぅ、じゃぁ抗ガン剤行くよ。」

何だか声をかけられて笑ってしまったけれど、よく考えたら大変なことなので、すぐに笑うのを止めた。

赤や透明の点滴がポタポタ落ちている。

それを見ながら、「これが抗ガン剤かぁ。副作用なんかに負けるもんか!!」と気合いを入れた。

こうして第一回目の抗ガン剤治療は終わった。

「別にぃ〜。。。」って感じ。

でも終わった時に先生が「よく頑張ったな。」って言ってくれたので、笑ってあげた。

翌朝、何となくアンニュイな気分で目を覚ました。

家族のみんなが僕の凸凹を触りながら、「あーーーっ、小さくなってるぅ。」って元気いっぱいだった。

とーっても嬉しかったので、一緒に思いっきり笑った。

抗ガン剤の治療はいつも決まっている。朝病院に行って、血を取られたら入院室で休憩時間。

休憩が終わったら点滴で抗ガン剤を入れる。

ポタポタおちる点滴を見ながら、「マックスぅ。」って呼ばれたら、笑ってあげる。

でも呼ばれすぎると笑わない。

笑いすぎると疲れるってことを先生は知らないらしい。

いつかは教えてあげたいと思う。

夕方まで、また入院室で休憩して家に帰る。

最初のうち、僕の治療は毎週だった。

今は3週間ごと、次からは4週間ごとになるらしい。

 

春が来て、夏が過ぎた。秋の落ち葉が終わって、冬もそろそろ終わろうとしている。

病院に通いながら、僕は抗ガン剤1周年を迎えようとしている。

「マックスぅ、よく頑張ってるぞぉ。」って先生や看護士さんに言われると、嬉しくなって笑ってしまう。

僕はその時いつも心でつぶやく。

「笑う角には福来たる。」

 

<マックス・Kの主治医兼友人からのコメント>

 このお話は、現在うちの病院に通っているマックス・K君というオスのゴールデン・レトリバーがリンパ腫というガンに冒され、抗ガン剤を使いながらもガンと闘い続けている様子を綴ったものです。。。何だか、「闘い続けている」という表現が全く当てはまらないほど、笑うことが大好きなワンちゃんです。「マックスぅ、今日の抗ガン剤、ちょっと強いぞー!! 大丈夫か?」って聞くと、「ニカッ。」って笑ってくれますので、時々コケそうになります。「のーてんきなヤツ。」って思うこともありますけど、彼のおかげでスタッフも笑顔の回数が増えました。時々、「抗ガン剤治療が順調に来ているのも、きっと彼が『いつも笑いを忘れない。』からなのかなぁ。。」なんて思い始めた今日この頃です。