難波信一書き下ろし
エッセイ


2001年09月号
いつからお年寄り
チコ

わたしゃ「年寄り」と呼ばれて久しい15歳と11ヶ月。

孫だか、ひ孫だか玄孫までいて何匹子孫がいるか知ったこっちゃ無いけど、自分の血筋を結構残したものよ。

いつからでしょ。オッパイにできものができちまってね、見る見る大きくなっちまってさぁ、切るだの、切れないだの、切らないだの、年寄りだの、もう寿命だの、まだまだだの、一悶着あってね、それをみーんなに聞いてもらってさぁ、よーく考えてもらおうと思ったってワケさ。まーず、オババの話、聞いてくれんかね。

 

若い頃は色白で、それはそれは近所の人間に「か〜わいぃ、か〜わいぃ」と言われたもんぢゃ。近所の雄犬たちにもモテたんぢゃぞ。まぁ、それはいいわい。

 14歳の頃、オッパイのところにち〜ぃさいオデキができちまってね、心配したお母さんが病院に連れて行ってくれたワケさ。まぁ、これが始まりってところかのぉ。

 

 まーず、1件目。14歳と2ヶ月ん時(腫瘍の大きさクルミくらい)。

獣医師A「うーん、これは乳腺腫瘍ですねぇ。良性か悪性か分かりませんが、普通切り取っちゃうんですよ。でも14歳かぁ。。。大きくならなければ、そのままにしておいても良いんじゃないですかねぇ。」

お母さん「まぁ、痛くも痒くもないようだし、今から痛い思いさせるのも何だし、大きくなるようだったら考えますわ。」

獣医師A「本来は取った方が良いんですよ。取って、検査センターに出して、良性か悪性か判定してもらって、もし悪性だったら抗ガン剤とか、放射線治療とか人間と同じような治療法があるんですよ。」

お母さん「そうですか。人間みたいですねぇ。・・・もう少し様子を見ることにします。」

 と言うわけで、病院に行ってなーんもせずに診てもらっただけ。お母さんもお母さんで、なーにしに行ったんだろね。けーっきょく行って帰ってきただけ。で、このクルミくらいのが「ニューセンシュヨー」とか何とか言うのが分かっただけ。

 

 あーれから8ヶ月。動物病院2件目。14歳と10ヶ月ん時(腫瘍の大きさミカンくらい)。段々大きくなってきたから、お母さん違う病院に連れて行ってくれた。そこでの会話。

獣医師B「これは乳腺腫瘍ですねぇ。切るにしても、もうすぐ15歳となると麻酔、手術となると危険ですねぇ。。。」

お母さん「やっぱりそうですよねぇ。どうしたら良いんでしょう。。。もし麻酔して死んじゃったら可哀想だし、かと言ってどんどん大きくなってきてますから、放っておいたらどこまでも大きくなりそうだし。。。」

獣医師B「こうやって塊になっている腫瘍って言うのはね、手術で切り取ってしまうのが一番の治療法なんですよ。『取れる腫瘍はきれいに取る。どうしても無理な場合でも少しでもたくさん取ってあげる』が原則なんです。とは言ってもねぇ、15歳ちかくのワンちゃんに、なかなか『はい、じゃぁやりましょう。』とはなりませんねぇ。そうですねぇ、あとはガンに効くって言う『栄養補助食品』がありますから、それでやってみるっていうのも1つの方法かもしれませんね。」

お母さん「はぁ。。。何にもしてやれないって言うのはイヤだし、取りあえずその『栄養補助食品』とやらをやってみる事にします。」

獣医師B「ただ分かっておいて頂きたいのは、あくまでも『栄養補助食品』で、薬じゃないんです。」

お母さん「でも効くんでしょ?」

獣医師B「うーん、どう言えばいいかなぁ。。。薬って言うのは、『何人もの人に使って、そのほとんどの人で同じ効果が同じように出るもの』を薬って言うんですよ。ところが、『栄養補助食品』って言うのは、元々病気にならないように身体のバランスを整えるって言うのが本来の目的なんですよ。それを病気に使って、たまたま効いて、『この栄養補助食品は何とかって言うガンに効く』とか『あの栄養補助食品は何とかって言う病気に効く』って言われ始めるんです。『効く』って聞いた人は、『絶対に効く』と思っちゃうんですけど、実は『効くこともあるんだけど、全く効かない事がある』っていう代物なんですよ。例えばある病気のほとんどに効いちゃえば、他に薬いらないですからね。そこを間違えないようにしてくださいね。」

お母さん「まぁ、とにかくやってみます。」

 

 『健康補助食品』とやらを買い込んだのはよかったんだけど、大きくなるばーっかりで、一向に小さくなる気配はないし、それからお金も続かなかったみたいじゃて。そんで、とうとう3件目。15歳と6ヶ月(腫瘍の大きさソフトボール)。あたしゃー7キロぐらいだから、ソフトボールくらいでもけーっこう重かったっけ。

獣医師C「げっ、あちゃ〜。。。でかっ。。。ありゃぁ〜。。。」

お母さん「ニュウセンシュヨウって言うんでしょ? 何度も他の病院で聞いたから、覚えちゃいましたよ。何軒も動物病院に行きましたし、近所のヒトとも話したんですけれど、歳だからとか、もう寿命だからって、みんな言う事は同じなんですよ。寿命だ、寿命だって、言われ続けて早3年。オッパイのところ以外は、まだまだ元気なんですよ。」

獣医師C「そうですか。。。しかし大きいですねぇ。これじゃぁ、重くてワンちゃんも大変ですねぇ。」

お母さん「先生、何とかなりませんかねぇ。」

獣医師C「分かりました。ちょっと触ってみると、パンパンに張ってますねぇ。ん? 液体が貯まってそうですね。エコーって言う器械で診て、液体が貯まってたら抜いてみましょうか。」

お母さん「はぁ、お願いします。」

 

エコーっていう白黒テレビみたいなのに写ったのは、白いボーっとした所と黒ーい所。よく分からなんだけど、なーんか液が貯まっとったらしい。。。

 

獣医師C「ほほぉ〜。中に一杯液体が入っていますねぇ。・・・ちょっとだけ抜いて検査してみましょう。」「液体の中には細菌もたくさん出てますねぇ。まず液体を全部抜いて、抗生物質で細菌をやっつけちゃいましょう。」

ぶーっとい針刺してジャーって液が出てきたんじゃ。なーんも感じんかったけど、ぜーんぶ抜いたらけーっこう軽うなったで。それから1ヶ月位して、表面が腐ってきてしもーてなぁ、臭いったらありゃせんかったわい。

お母さん「先生、やっぱり手術はできませんかねぇ。何だか重くて、臭くて、可哀想で。。。」

獣医師C「そうですねぇ。。。色々検査して相談してから決めましょうよ。ね。」

お母さん「じゃぁ、お願いします。最近、お父さんは臭いからって違う部屋に行っちゃうんですよ。。。まったく、15年も一緒にいるのに、私はこの子が不憫で不憫で・・・。」

 けーっきょく肺に転移していたらしいが、麻酔は大丈夫そうだっちゅって手術になったワケよ。

獣医師C「・・・肺にも転移があるし、ガンの末期だから切っても寿命を延ばせないし、ひょっとすると寿命を短くするかもしれません。でも生きている間は少しでも気持ちよく過ごさせてあげたいですからねぇ。」

お母さん「このまま何もしないで、もし死んじゃったら後悔しそうで。。。天国に行くにしても、お腹にこんな重い物ぶら下げてちゃぁねぇ。」

獣医師C「分かりました。やることにしましょう。ただね、人間も含めて、生き物を手術するのは『100%絶対に大丈夫!!』っていうのはありませんから、それだけは承知しておいてくださいね。去勢手術や避妊手術だって『100%大丈夫』な麻酔や手術じゃぁありませんからね。」

お母さん「分かってますよ。」

 

てなわけで、わたしゃ手術したんだわ。まぁ手術した後、ちぃーと痛かったが、今まで生きとった中でい〜ちばん痛かったという訳でも無し、まーず良かったぁ、良かったって所かのぉ。ぶら下げてた頃は、重うて立てなかったのに、なーんとかフラフラ歩いとるわい。まーず肺に『転移』と言うのがあるらしいから、長生きはちょっとできそうにないけどのぉ。ま、あと1ヶ月で16歳にもなるから、そこまでは頑張ってみようと思う。さーて、喋りすぎた。眠とうなったから、ちょーっと寝に行くことにするかのぉ。よっこらしょ、っと。

 

<最後に診察した獣医さんのコメント>

 チコばあちゃん、手術する前まで腫瘍が重くて立てなかったらしいんですけど、手術した後はゆっくりと歩いたり、時には公園に抱っこして行って歩かせたりできたと定期検診で来られた時、飼い主さんもニコニコしておられました。もちろんチコばあちゃんも病院内をヨロヨロ歩いてましたよ。相変わらず病院は嫌いみたいでしたけどね。「臭い!!」と言っていたお父さんも、手術後にはよく世話をしてくれたそうです。「手術をして良かったな。」って思える患者さんでした。ある朝、飼い主さんが起きてみると、前日までちゃんとご飯を食べていたのに横たわって硬くなっていたそうです。また苦しんだような跡もなく、安らかに眠っていたとの事でした。

 さて最近、乳腺腫瘍に関係した質問の中でまず、「避妊手術で絶対に乳腺腫瘍を予防できるのか?」というのがあります。その答えですが、「最初の発情が来る前に避妊手術をすると、乳腺腫瘍の発生率は限りなく0に近づきますが、0ではありません。また、発情を繰り返せば繰り返すほど乳腺腫瘍の発生率は増加します。また妊娠しても同じように発生率は増加します。」が答えです。妊娠するためには必ず発情期があるわけですからね。ホルモンが乳腺を刺激する事自体が乳腺腫瘍の発生率を高める事も分かっています。

 様々な国、様々な考え方があります。スウェーデンなどでは、ワンちゃんを妊娠をするしないにかかわらず、獣医さんは避妊手術や去勢手術を勧めないし、飼い主さんも望まないのが普通です。またアメリカなどでは、妊娠を飼い主さんが希望しない場合、獣医さんは避妊手術や去勢手術を勧めるのが一般的です。日本の獣医学はアメリカに影響されている部分が多いので、避妊手術や去勢手術を勧める獣医さんが多いと感じています。もちろん私も避妊手術や去勢手術を勧めています。「する」「しない」どちらが良いとか悪いとかではなく、子犬を望まない場合、避妊手術をしておくと高い確率で予防できる病気があると言う事です。しかし一方では「避妊手術をしないと絶対に乳腺腫瘍や子宮蓄膿症になる。」というわけでもありません。実際に15,16歳、それ以上のワンちゃんで避妊手術していなくても乳腺腫瘍や子宮蓄膿症にならなかったというのは珍しい話ではありませんから。この問題は、みなさんが「生命保険に入るかどうか」って言うのと意味合いが同じような気がします。何か起きてから「やっておけば。」と後悔するより、何も起きないで、ふと「やっていると安心できる。」と思う方が良いですもん。。。ね。どちらの考え方を取るかは、飼い主さん次第です。もしワンちゃんが話せれば、何て言うでしょうね。本当は、本人が決めてくれるのが一番良いんですけど。。。