エッセイ
2002年11月09日


男の子・女の子
性に関わる病気


 「先生、この子1週間ほど前に生理が終わったばかりなんです。」
「まただ。。。ワンちゃんに生理はないんだけど。。。」

「先生、この子タマタマが1個しかないんですけど。。。キャハ!!」
「いやいや、笑い事じゃないんだけど。。。」

 この会話は日常茶飯事です。残念ながらヒトの「産婦人科」や「生殖器科」に当たる動物の「臨床繁殖学」は、他の「内科学」「外科学」「神経病学」云々に比べて、飼い主さんも獣医さんも認識がちょっと低いと思っています。そう思うのも私が学生時代に所属していたのが「臨床繁殖学研究室」と言って、ヒトの医学で言う「産婦人科」や「生殖器科」に似た研究室だったからかもしれません。何年か前から避妊、去勢手術を受けるワンちゃんが多くなってきたこともあって、これらの異常が少なくはなっているものの、まだまだ少ないとは言うまでには至りません。
 と言うわけで、今回はホルモンの病気にも少し絡んでいる「繁殖系の病気」について少し一緒に考えてみましょう。

【女の子編】
冒頭にも書きましが、「生理」と「発情」は似たような言葉ですが、全く違う事を指します。まずヒトで言う「生理」は子宮が受精卵を待って妊娠準備をしていたのに受精卵が降りてこなかったので、準備していた内膜が剥がれ落ちて出血を伴うことを指します。う〜ん、難しい。。。簡単に言うと「妊娠準備で子宮の内側にベッドを作ったけど、妊娠しなかったのでベッドが剥がれ落ちちゃった。」と言えます。一方ワンちゃんで言う「発情」は子宮の内側の膜が充血して「これからベッドを作ろうかなぁ、という準備段階。」と言えます。
「妊娠しやすさ」を基にして考えると少し簡単になるかもしれません。つまり、ヒトの場合「生理と生理の中間」が妊娠しやすい時期です。ワンちゃんの場合、「発情の最後の方で出血がちょうど止まった頃」が妊娠しやすい時期と言うことができます。ちょっとしたズレですが、「生理」と「発情」は「似て非なるもの」なんです。
昔、「ワンちゃんの発情は春と秋の2回」と言われていました。研究が進むにつれて、これが間違っていたことが分かりました(もう20年以上前)。4ヶ月から6ヶ月という非常に長い時間をかけて周期的に回っています。個体差がありますので、一概には言えませんが、「発情が全くない」「頻繁に発情する」「発情と発情の間隔が長すぎる」などと言う場合にはホルモン検査を含めてチェックしてもらった方が良いと思います。
さて♀の産科系の病気ですが、一番有名なのは「子宮蓄膿症」があります。この病気は子宮の中に細菌が入って増えてしまい、膿(ウミ)が溜まってしまう病気です。生後4ヶ月から15,16歳以上と言った老齢まで様々な年齢で起きますが、室外で飼っているワンちゃんでは7-10歳、室内で飼っているワンちゃんでは9-12歳頃がピークと感じています。この病気には「開放型(オリモノがダラダラ出るタイプ)」と「閉塞型(オリモノが全く出ないタイプ)」があります。「開放型」は飼い主さんも分かり易く、異常に気づいて動物病院に連れて来られることが多いものです。一方の「閉塞型」の場合、「何だかお腹が張っている」とか、「最近太ってきた」などハッキリしない異常で連れて来られることが多いタイプです。どちらにしてもお腹の中の臓器に膿が溜まっているわけですから、放っておくと命に関わります。
治療ですが、開放型も閉塞型も子宮と卵巣を取ってしまう手術がオーソドックスです。全身状態が良い、子宮が破裂していない、腎臓が壊れていない、など条件が良い場合には危険性も低い手術です。一方、全身状態が悪い、子宮が破裂している可能性がある、腎臓が壊れている、など悪い条件が重なる場合には命に関わる大きな手術となります。手術が何事もなく終わっても、状況によっては命を落とすことになります。
20年以上前から薬を飲んで治療する方法が研究されてきましたが、あまり大きな成果が得られていないのが現状です。この治療法で代表的なのが、プロスタグランジンF2αというホルモンを注射する方法です。このホルモンは子宮を強烈に収縮させますので、その力によって「膿を出してしまおう!!」という考えをもとに始められた方法です。ところが閉塞型の子宮蓄膿症に使いますと、出口がない上に子宮を収縮させますので、破裂する可能性が高くなります。ですので、使うのであれば開放型にだけ使うことができます。「じゃぁ、『開放型』は薬で治すことができるんだ!!」と思いますよね。と・こ・ろ・が、ワンちゃんの子宮の内側の膜は、目の細かいハチの巣のような構造をしています。膿がハチの巣の中に入っているような状態になりますので、子宮を収縮させて膿を出しても、このハチの巣状の穴の奥から膿を完全に出すことはできません。ですから、薬だけでこの病気を治すことは、できるだけ避けた方が良いと思います。「結局、手術」となることが多いものです。言い忘れましたが、もちろん抗生物質(いわゆる化膿止め)だけで治すこともできません。
治療は早期発見第一です。チェック項目を挙げておきますので、避妊手術をしていない場合は以下のポイントに気を配っておいてください。
1.定期的に発情は来ていますか? 
2.発情の時の出血は綺麗ですか? 
3.最近、水を飲む量やオシッコの量は普通ですか? 
4.背中の肉付きとお腹の肉付きはバランスが取れていますか?
「んー??」と思ったら、掛かり付けの先生に相談してみてくださいね。

♀のワンちゃんにみられる産科の病気は子宮蓄膿症だけではありません。子宮粘液症、子宮内膜炎、子宮の腫瘍、卵巣機能障害、卵巣の腫瘍などがありますが、避妊手術を済ませている率が高くなってきていますので、以前ほど診察する機会がありません。但し、避妊手術を受けずに15,18歳と言った高齢になると卵巣に機能障害が起こって、子宮に粘液が溜まってしまったなど、全身状態が悪くなることが多いですので、もうお産させないのであれば、できるだけ若い時期に避妊手術をしておいた方が安全です。

【男の子編】
 ♂には少ないと思われがちな「生殖器系」の病気ですが、これが以外と多いものなんです。若いワンちゃんだと、先ほどの「先生、この子タマタマが1個しかないんですけど。。。キャハ!!」なんて言う「陰睾(いんこう)」またの名を「潜在睾丸(せんざいこうがん)」というのがあります。笑っている場合ではありません。これはれっきとした先天性奇形の一つです。睾丸では精子を作りますが、それには温度管理が大切なんです。夏になると睾丸は身体から遠いところに下がっていますし、冬場寒くなると身体に近いところに上がります。ところが、この陰睾だと季節にかかわらず、睾丸が皮膚の下や、場合によってはお腹の中に入ってしまっているワンちゃんがいます。片側のこともあれば両方とも上がっているワンちゃんもいます。本来ならば温度管理をしなければならない睾丸ですが、それができない訳です。若いうちは目に見える問題になることは少ないですが、歳を取ってからは上がっている睾丸が腫瘍になりやすいものなんです。できれば繁殖するのは控えて頂いて、去勢した方が良いと思います。重大な異常ではありませんが、一種の先天性奇形ですからね。
 去勢しないでいるとホルモンの関係から様々な病気を起こしやすくなります。例えば前立腺肥大症、肛門周囲腺腫、会陰ヘルニアなどと言った病気です。前立腺肥大症というのは、膀胱の出口に前立腺というところがあります。これは正常でも歳と共に大きくなって、オシッコが細くなってしまうんですが、陰睾のワンちゃんだと若くしてこの状態になる可能性が高くなります。前立腺肥大症になってしまうと、治療法として去勢を組み合わせるのが定番ですので、交配しない場合には早めに去勢するのに越したことはありません。肛門周囲腺腫というのは肛門の周りに良性の「腺腫」という腫瘍ができてしまいます。腫瘍自体は良性ですが、進行すると排便がうまくいかなくなって命に関わることもあります。この腫瘍も男性ホルモンの影響を受けることがわかっています。また肛門の両側に「会陰(えいん)」というところがありますが、この部分が男性ホルモンの影響で歳を取ってから薄くなり、破けてヘルニアになってしまいます。ヘルニアの中にお腹の中の脂肪が出ている分には、あまり身体に影響はありませんが、膀胱や腸がヘルニアとして出て戻らなくなってしまう(嵌頓ヘルニア)と言う状態になってしまって、短期間で命を落とすことがありますので要注意です。もちろん若いうちに去勢したワンちゃんにはみられません。
 よく「♂のワンちゃんには定期的な発情期がありますか?」と質問されることがありますが、答えは「ありません。」です。発情した♀のワンちゃんの臭い(フェロモンなど、中にはヒト用の香水で興奮することもあるようです)の刺激で♂のワンちゃんは発情します。