エッセイ
2001年11月17日


獣医学からみたニュース


 もしも911日に起きた「ニューヨークの悲劇」がなければ、きっと「狂牛病」のニュースはもっと新聞紙面やテレビニュースを騒がしていたことと思います。当初、狂牛病と聞いた時、我々獣医師は、「ふ〜ん。そうなんだ。」と事の重大さに気付きませんでした。なぜかというと原因となっているプリオンが引き起こす病気「ヒツジのスクレイピー」という病気を元々大学で習っていますし、一部地域で散発していることを知っているからです。それにこの病気はヒツジ同士では感染しますが、他の種類の動物には感染しない病気だからです(今ではだったという方が正しいかもしれません)。ところが我々獣医師はこの後、驚かされることになります。19963月、イギリス政府は「狂牛病が極めてまれに人間に感染し、新型異型クロイツフェルト・ヤコブ病(new variant Creutzfeldt-Jacob disease(nvCJD))となって発病する可能性がある」と発表したからです(以前までは「狂牛病はヒトには感染しない。」と言っていたのに。。。)。イギリスでは、18万頭近くの牛がこの病気にかかり、すでに100人以上の方が亡くなられているそうです。しかしなぜ「種の壁」を越えてしまったんでしょうか?この答えは未だに分かっていませんが、「神の警告だ!!」という人もいます。もともと牛は草食動物で、肉は食べません。ところが人間に飼われるようになって家畜になり、肉質の向上などの理由から「共食い」といってもおかしくない、肉骨粉をあげるようになって「自然の法則に逆らったからだ。」という意見もあります。いずれにせよ予期しないことが起きてしまったのです。

 

「ワンちゃんの雑誌なのに、なぜ狂牛病の話なんかするんだろう。ヒツジのスクレイピー?? ヒトのnvCJD?? 全然関係ないと思うけどなぁ」。いえいえ、これがすごく関係ある話なんです。普段ワンちゃんが食べているものと言えば。。。(^_^)/ あったりー!! そうなんです。あなたのワンちゃんが食べているドッグフードのほとんどに牛肉が使われているのです。それに動物病院で使っている医薬品の中には牛を原料としたものもありますから、ワンちゃんと全く関係ない話ではなくて、深〜くかかわってくる話なんです。ここでは狂牛病とワンちゃんにかかわる事についてお話しすることにしましょう。

 

まず「狂牛病」って何でしょう? 簡単におさらいしておきます。「狂牛病」は正式な名前を「牛海綿状脳症:Bovine Spongiform Encephalopathy(BSE)」と言います。「狂牛病」という名前は、この病気にかかってしまった牛が、まるで「狂ってしまった」ような症状になるため付けられた一般名ですが、ここでは「狂牛病」という用語のままお話しすることにします。ワンちゃんの「狂犬病」は「狂牛病」とは全く違います。「狂犬病」は狂犬病ウイルスが脳や脊髄に感染して起きる病気で、正式な名前もそのまま「狂犬病」です。「狂牛病」はプリオンという特殊なタンパク質が原因で脳が冒されます。死んだ牛の脳を顕微鏡で見ると小さな穴がたくさん空いているように見えてスポンジに似ていることから海綿状脳症と呼ばれます。この病気は肉骨粉(bone meal)を介して感染し、生きているもの同士では感染しません。「もともと、どこから来た病気なのか?」という問いに対しては、二通り考えられています。お話しした「スクレイピーで死んだヒツジの肉を食べさせていたことから起きた」とする説と、「いや、突然変異で狂牛病を起こすプリオンができてしまって、それが肉骨粉を介して広がった」とする説です。どちらが本当なのかは分かっていません。

 

ちょっと目先を変えてみましょう。狂牛病にかかる確率の問題です。人口6,000万人弱のイギリス国内でトータル18万頭の狂牛病が発生して感染者が100人。。。この数字にはどういう意味があるのでしょう。日本で9月に初めて狂牛病に感染していた牛の報告が1頭だけありましたよね。これを考えると、日本でワンちゃんが狂牛病にかかる確率は限りなく0%に近いと言うことができます。これをどう考えるかは、あなたの選択次第という事になるでしょう。呉々も誤解しないようにしてください。私は「安全です」とも「危険です」とも言っているわけではありません。

 

さて狂牛病にかかった牛の肉がドッグフードに使われていたとしたら。。。ここまで説明したことを考えてみると、「・・・結局、安全なのかどうか分からないじゃないか!!」と思うでしょ? そうなんです。「分からない」というのが答えです。実際、獣医師に対する狂牛病の説明会でも、「安全と思われる」と言われ、「安全なんですか?」と聞いてもお役所は「安全と思われます」としか最後まで答えてくれませんでした。ですから病院で、飼い主さんから「ドッグフードは安全なんですか」と聞かれるんですが、「安全と思われます」としか言いようがないんです。でももっと深く考えてみると、「種の壁は越えない、ワンちゃんでの報告は今のところない、製造業者は『きわめて安全だ』と言っている」ということになります。ここで考え方が二つあります。「私は万が一でも気になる!! 病気になる確率を少しでも減らせるなら減らしてあげたい!!」と考えたければ、牛肉を使用していないフードがありますので、そちらに変更した方が良いと思いますし、「そんなに確率が低いのだったら、このままにしよう」と考えるのであれば、現在のままのフードで良いと思います。いずれにせよ飼い主さんの選択次第です。一応、飼い主としての私はマルオ君のフードを変えていません。理由は「安全性は限りなく100%に近い」からです。あなたならどうします?かかりつけの動物病院で獣医師の考え方を聞いてみるのもひとつの方法かもしれません。

 

余談になりますが、糖尿病のワンちゃんを飼われていて、インスリンを使ってらっしゃる飼い主さんにインスリンのお話をしなければなりません。何故かというと、管理、維持に使う長時間作用型(長い時間作用するタイプ)のインスリンには、牛の膵臓から得られた原料が使われています。現在、動物病院では「ヒト遺伝子組み換え型インスリン」を使うのが主流になっていて、二つのメーカーから出されています。ひとつの方は、非発生地域の牛から得られた材料から作られています。もうひとつを作っている会社からの説明では、インスリンとプリオンの分子量が大きく異なるので、生成過程で完全に排除できるそうです。ちょっと難しくなっちゃいましたね。ごめんなさい。でも糖尿病のワンちゃんにインスリンを使っても大丈夫だと言うことが分かりましたよね(^_^)。あっ、まずは糖尿病にならないようにすることをお忘れなく!!