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はじめに
ワンちゃんが倒れて「カタカタ」と全身を痙攣(けいれん)させて発作を起こしています。飼い主さんは「何事だ!!」と駆け寄って病院に連れて行きます。この発作を起こす病気の中に「てんかん」と言う病気があります。
今から約2,500年前、紀元前5世紀、すでにヒポクラテスは「てんかん」の患者を診て、原因が脳にある事を見破っていました。それにもかかわらずこの病気については、ヒト医学ですらその全貌が明らかにされている訳ではありません。
ここでは、できるだけ分かりやすく「てんかん」について、現在筆者が知りうる限り解説し、十年来、話題になっているパグ脳炎についても簡単に述べてみたいと思います。
てんかんの定義
てんかんとは、「原因にかかわらず発作が再発する病的状態」と定義する事ができます。その中で、何か原因があって発作を起こすものを症候性てんかん、原因不明の場合を特発性てんかん(真性てんかん)と呼びます。またてんかん発作ではなく、他の病気が原因で発作を起こした場合には非てんかん発作と呼ばれていて、てんかんとは区別されています。
さてワンちゃんが発作を起こして病院に来た時に飼い主さんが言う事は様々です。病院に来た時に発作が続いている場合、さっきまで発作を起こしていたけれど今は発作を起こしていない場合、昨日以前に発作を起こした事があるんだけれど今日まで病院に来られなかった場合など、私たち獣医師が発作を起こしたワンちゃんを診る状況は様々です。そこから何をしながら獣医師達が発作を区別しているのかについてお話しする事にします。それには、大ざっぱに発作を分ける必要がありますので、分かりやすく「症候性てんかん」「特発性てんかん」「非てんかん発作」に分けて解説してみたいと思います。
【症候性てんかん】
何か原因があって脳に障害が出たとか、脳自体に問題があるなど、頭蓋内(とうがいない:頭蓋骨の中)に原因が確認されたてんかんの事を言います。これは更に脳に直接影響を及ぼすような原因(構造的な原因)と間接的に影響を及ぼす原因(代謝的な原因)に分けられます。直接影響を及ぼす原因には、犬ジステンパー、種々の脳炎、トキソプラズマ症、水頭症、狂犬病、腫瘍、外傷などが挙げられます。また間接的に影響を及ぼす原因には、低血糖、低酸素症、ビタミンB1欠乏症、腎不全、低カルシウム血症、中毒などがあります。代表的なものとしては、ジステンパーにかかって脳炎を起こしている時にみられる発作や、回復した後に後遺症として見られる発作がこのタイプに含まれます。
【特発性てんかん(真性てんかん)】
全く原因が確認できないのに発作を起こしてしまう状態を言います。言葉の通り、原因は解明されていませんが、神経伝達に必要な物質が遺伝的にバランスが取れない事に関係していると考えられています。この特発性てんかんは、どんな犬種にも起きますが、以下に挙げる犬種では、遺伝性が証明されています。ビーグル、ジャーマン・シェパード、コリー、ベルジアン・シェパード、キースホンドなどです。また遺伝することが多いと分かっている犬種には、アイリッシュ・セッター、ゴールデン・レトリバー、セントバーナード、アメリカン・コッカースパニエル、ワイヤーヘアード・コッカースパニエル、アラスカン・マラミュート、シベリアン・ハスキー、ミニチュア・プードルがあります。この種類のてんかんはてんかんの犬全体の80%を占めていると言われています。
【非てんかん発作】
非てんかん発作の中には、心臓病によるもの、代謝病によるもの、神経病によるもの、消化器病によるものなど、全く脳と関係無しに発作が起きる病気があります。中には寄生虫感染がある場合や異物を飲み込んでしまった場合にも、てんかんと同じような「発作」が見られます。症候性てんかんと非てんかん発作の違いは、脳に関連しているか、していないかどうかで区別すると分かりやすいでしょう。
てんかん症状の経過
【前兆が現れる前】
てんかんのワンちゃんは、何日か前、また何時間か前から異常な行動を示す事が多いものです。落ち着きがなくなったり、鳴き叫んだり、隠れたりなどが代表的です。また食欲が異常に増えたり、食べなくなると言った症状も出る事があります。平たく言うと「いつもと違う行動」を取るようになります。
【前兆】
てんかんを起こす直前によくみられる異常としては、一部の筋肉だけが痙攣している、ヨダレが出始める、興奮しているなどの症状がみられます。
【発作】
この状態は普通2分以内に治まりますが、何回も続く場合があります。どんな状態になるかと言うと、意識がなくなる、筋肉が突っ張って固くなる、無意識に筋肉が動いている(遊泳している様な動き)などがあります。
【発作後】
発作が終わった後は、ボーっとしてる、視点が合わない、フラフラして足腰に力が入っていないなどの症状が出ます。
これが一連のてんかん発作の経過で、毎回同じパターンで出る事が多いようです。特に特発性てんかんでは、このパターンの事が多いようです。
てんかんの診断
てんかんを診断するのに一番大切なのは、何と言っても飼い主さんからの情報です。飼い主さんが「こんな小さな事、言わなくていいだろう」と思う事でも、時には診断にとても役立つ事があります。なぜなら、発作を起こしたワンちゃんの事を一番良く知っているのは飼い主さんだからです。ここで、てんかんが疑われるワンちゃんを診断する上での重要なポイントを記しておきますので、もし発作が起きてしまった時に獣医師にできるだけ詳しく、分かる範囲で結構ですので、これらの情報をお知らせ下さい。
【発作を見た場合】
通常、飼い主さんは慌てて病院に駆け込んできます。飼い主さん自身がパニック状態に陥っている事が多いので、聞きたい事に答えてくれない事があります。できるだけ落ち着いて話する事を心がけて下さい。
・ いつ始まったか
・ 始まる前に普段と違う行動や症状があったか
・ 発作は初めてか
もし以前にあったのなら大体で良いですから、何ヶ月前とか何年前とか教えてください。また周期的にある場合は、どれくらいおきに起きるのかをお知らせ下さい。
【発作を見ていない場合】
この場合には、ワンちゃんが暮らしている所がいつもより乱れていた、ワンちゃんの毛がグチャグチャになっている、口の周りがヨダレで汚れているなどがあって、何か重大な事がワンちゃんの身に起こったと察知して飼い主さんが連れて来られるケースが多いものです。この場合に飼い主さんは比較的落ち着いている事が多いですので、ゆっくりと気づいた事を正確にお話下さい。
・ 発作が起きたと思われる前に何か異常な行動はなかったか
・ ワンちゃんが届く範囲で無くなっているものは無かったか、また植物や物など囓った形跡はなかったか
・ 見つけた直後のワンちゃんの様子はどうだったか
【どちらにも共通する事】
掛かり付けの動物病院にはカルテがありますので、年齢や性別、今までの病歴などは言う必要がありませんが、初診で行った場合には獣医師の質問に落ち着いて答えるようにしましょう。
・ 名前、血統、年齢、性別、避妊去勢の有無など基本的な事項
・ どんな環境で飼っているか
室内、屋外だけでなく、ペンキや殺虫剤など化学薬品の有無
・ 今まで何か病気にかかった事、ケガした事、また中毒を起こした事があるか
・ 最初に発作が起きた時期と間隔、また周期的に起きている場合にはどれくらいの間隔で起きているか
・ 最後のワクチンはいつ注射したか
・ 近親のワンちゃんで発作を起と聞いた事があるか(もし分かれば)
・ お産の時に何か問題はなかったか(もし分かれば)
てんかん発作と非てんかん発作を区別する
よく寄せられる質問の中に「てんかんと他の病気からくる発作は、どうやって見分ければ良いんですか?」というのがあります。完璧、パーフェクト、絶対確実に見分けられる方法はありませんが、例えば心臓発作では完全に意識をなくしてしまう事が少なく、尿を漏らしたり、ヨダレを垂らすと言った症状も通常みられません。但し例外として、心臓発作で脳の血流が極端に少なくなるとてんかん発作を起こしてしまいます。そうです、「症候性てんかん」のひとつです。また低血糖などによって起こる発作は、血液検査で見つかって補正してあげれば治まります。
我々獣医師は、まずてんかん発作と非てんかん発作を区別するように心がけています。てんかんを診断するには、まず非てんかん発作を除外するところから始まります。それには前述した飼い主さんからの情報が一番大切なのは言うまでもなく、それから十分な身体検査を含めた神経学的検査、血液検査、尿検査、糞便検査、検眼検査などを行います。これらのどこかで炎症や腫瘍が疑われる場合にはその異常を治療する事から始めます。本当にてんかんかどうか正確に診断するにはCTやMRIなどの画像診断、脳波検査や筋電図検査などの電気生理学的な検査、脳脊髄液の検査などが必要ですが、実施できる施設が限られています。ですから、てんかん発作がなかなか治まらないとか、段々ひどくなっていくような場合に限って実施されているのが現状です。発作を管理するのに一番大切な事は、てんかん発作が強く疑われるのか、非てんかん発作が強く疑われるのかという判断をする事であり、場合によっては治療法が違ってくるからです。後でも言いますが、できるだけ発作を無くしてワンちゃんを楽にさせる事が最終目標で、高価な医療機器を使って診断を確定する事が最終目標ではないからです。
てんかんの治療
てんかん(症候性てんかんでも特発性てんかんも両方含めて)治療の目標は:
・ 発作の回数を最小限にする
・ 発作と発作の間隔をできるだけ延ばす
・ 発作の後の症状を和らげる
・ てんかん治療で使う薬の副作用をできるだけ避ける
と言う事ができます。
一般に治療の基準として、1)発作が2ヶ月に1回以上ある、2)発作が群発した、3)1日に2回以上の発作があった、のどれかに該当する場合、治療を開始するようにします。特に理由がない限り、1回だけの発作では治療を開始しません。
てんかんの治療には様々な薬剤が使われるようになりました。フェノバルビタール、臭化カリウム、フェニトイン、ジアゼパム、プリミドン、バルプロ酸などが代表的な薬剤です。中でも最も多く使われていると思われるのは、フェノバルビタールと言う薬です。注射と飲み薬があります。使い始めて最初の頃には、「ふらつき」や「ボーっとする」ことがありますが、使っていくうちにそのような症状はなくなっていきます。これは血液内の濃度が安定するまでの期間を示しています。簡単に言うと、「薬が身体になじむまでの時間」と言う事ができます。利点としては安全で、比較的安価なことが挙げられ、現在でも一番よく使われている薬剤です。副作用には、多飲多尿(水分をたくさん取り、尿がたくさん出る事)、食欲増加などがあります。水分は制限してはいけませんが、食餌は肥満防止用フードあるいは肥満改善用フードを使ったりして体重の増加に注意します。またこの薬は肝臓に負担をかけますので、定期的な血液検査を行って肝臓の状態をチェックする必要があります。検査の間隔はフェノバルビタールの量やワンちゃんの状態によって様々ですが、3-6ヶ月毎に検査するのが良いと思います。もしも肝臓に負担がかかっている事が分かったら、肝臓を保護するような薬を併用したり、薬を変更が必要な場合もあります。
原因や個体によって、また長期間にわたってフェノバルビタールを使っていると、薬が効かなくなって、発作が出てくることがあります。その場合には飲ませる量を増やしたり、他の薬を併せて使う事があります。またこの薬を飲んでいる時には血液中の薬の濃度を測って、より正確にコントロールする事が勧められます。
その他の薬剤についてはケース・バイ・ケースで使い分けをしたり、獣医師が慣れている薬から始める事も多いものです。
おわりに
てんかんという病気になってしまって治療が必要になると、一生涯薬と付き合う事になるケースがほとんどだと思います。ワンちゃんと飼い主さんにとって、「てんかん発作」というのは両方に苦痛を与える事になります。飼い主さんと獣医師が、この病気と向かい合って行くに当たって一番大切な事は、先にも述べましたが、できるだけ正確な診断をして発作を無くす、あるいは発作を軽くしたり回数を減らしてあげる事だと信じています。
付記【パグ脳炎】
十年来、パグ、マルチーズ、ヨーキーに起きる肉芽種性脳炎が報告されています(パグ脳炎と呼ばれています)。これは大人になったパグの脳全体に肉芽腫ができてしまって起こります。遺伝病と考えられており、血がつながった系統に発生する事が分かっています。症状は、旋回運動(ぐるぐる回る)、捻転斜頚(首が真っ直ぐならずに傾いて捻れてしまう)、眼球振騰(眼が無意識に痙攣[ケイレン]して動いてしまう)、小脳症状(頭が小刻みに震えている)などが見られます。脳炎というからには、炎症を止める薬が効きそうですが、原因が肉芽腫という肉の塊が起こした炎症なので、消炎剤(ステロイドなど)が多少は効きますが、決定的な治療法はありません。また肉芽腫はだんだん大きくなっていきますので、残念ながら今のところ有効な治療法はありません。 |