エッセイ
2001年08月08日


待合室でのひそひそ話


診察室で診療をしていると、待合室の方から何やら小型のワンちゃんのヒソヒソ話が聞こえてきました。どのワンちゃんも膝蓋骨脱臼(しつがいこつだっきゅう)、’ヒザのお皿’が脱臼しています。脱臼していて病院に来ているロンちゃん、以前手術をして治したナナちゃん、手術をせずに薬で治したココちゃん。ロンちゃんは、自分がどうなるのか心配で心配でたまりません。ナナちゃん、ココちゃんは、経験済みだったようで、何やらロンちゃんにアドバイスしていました。さて、彼女たちは上手く教えてあげられたのかな?

ロン「痛っ!ちょっと足を動かしただけで、激痛が走るぜ、まったく。」
ナナ「あら? どうしたの?」
ロン「昨日さぁ、ジャンプするのが得意な俺は、飼い主の胸の辺りまでピョンピョンやってたわけ。で、何回目かにヒザに激痛が走って『いてぇ!いてぇ!』って鳴いてたら、心配して病院に連れて来てくれたんだ。」
ココ「それでそれで?」
ロン「昨日、診察台に乗せられて、痛ぇ方の足をギュウギュウやられたんだ。あんまりにも痛ぇもんだからよぉ、つい先生に咬みついちまったんだ。まぁ、咬んだ俺も悪かったんだけどよぉ、何も口輪するこたぁねーじゃん。」
ココ「あ。その口輪っていうの、私も耳掃除の時にされたわ!」
ナナ「ココ、あんたは何かしようとすると、すぐ鼻にシワ寄せて咬むんだもん。」
ココ「だって、痛いのだーーーい嫌いっ!」
ロン「何だよ、俺の話聞いてるんじゃなかったのかよ。。。」
ナナ・ココ「そうだった、そうだった。で?」
ロン「口輪されてからさぁ、台の上でレントゲンを撮ったんだよ。で、先生がさぁ、『膝蓋骨脱臼(しつがいこつだっきゅう)だね。』って言ったんだ。俺も飼い主もさぁ、頭の中が『??』だったんだよ。先生の説明はこうだった。

ドクターの説明
【膝蓋骨脱臼:しつがいこつだっきゅう】ワンちゃんの膝(ひざ)は、体の中で最も弱い部分のひとつと言えます。つまり膝蓋骨というお皿みたいな骨が、膝の曲げ伸ばしと共に大腿骨の端っこにある溝の中を行ったり来たりしてるんです。膝蓋骨は靱帯(じんたい)というゴムバンドみたいな組織で吊されています。つまり膝を曲げた時には、ゴムがピーンと張って膝蓋骨を溝に押しつけています(図1)。一方、膝を思い切り伸ばした時には、ゴムがゆるゆるになっています(図2)。小型のワンちゃんが、後ろ足でジャンプするのをよく見ますが、ジャンプした時(ゴムがゆるゆるの時)に少し膝蓋骨がずれてしまって、次のジャンプでしゃがんだ時(ゴムがピチピチ)に、溝からずれて外れてしまいます。するとワンちゃんには、激痛が走り「キャン!キャン!」と鳴く事になります。あー、間違えないでくださいね。全部が全部「ジャンプした後にキャンキャン鳴いたから、膝のお皿が外れた。」っていう訳じゃありませんからね。中には側副靱帯(そくふくじんたい)の断裂や十字靱帯(じゅうじじんたい)の断裂と言った人間のスポーツ選手で良く聞く名前のケガもありますからね。とにかく、膝蓋骨が外れてしまうと、痛くて足を挙げてしまいます。すると膝は曲がったままですから、元の位置には戻りません。ところが、「イタイ!イタイ!」と言いながらワンちゃんが走り回り、何かの拍子に元通りに入ってしまうと、痛みは半分か、それ以下になるようです。外れるのが癖になると、段々痛みが少なくなる事もありますし、たまに外れるワンちゃん達は、それなりに痛いようです。
 あ゛。長い説明になってしまいましたね。さてさて、続きを聞いてみましょう。

ロン「こういう事なんだってさ。で、今日治療するらしいんだけど、痛いのはイヤだし。。。どうしよう。。。」
ナナ「なーんだ、膝のお皿が外れるのね。私も外れてたのよ。」
ロン「え゛!? そうなの?」
ナナ「私の飼い主は、どうしても私の膝を元通りにして欲しいって先生に言ったの。だから手術で溝を削って外れないようにして貰ったの。手術した後は痛かったけど、今はもう平気。全然気にならないわよ。」
ココ「あら、ナナちゃんて手術したんだ。私はね、痛み止めを1週間くらい飲んだら平気になったの。でもね、何ヶ月かしてまた外れたんだけど、前ほど痛くなくて薬を飲んで治ったの。そしたら段々外れても痛くなくなってきて、今じゃぁ外れても全然痛くないし、普通に歩けるし。」
ナナ「私の飼い主と先生が話してたんだけど、手術しなかったら他の靱帯に負担がかかって切れやすくなるけど、切れた時に手術してもいいんだって。でも他の靱帯が切れた時って、もっと痛いんだって。」
ロン「げげっ。二人とも膝のお皿が外れた事あるんだ、ふ〜ん。これって多いのかなぁ。」
ナナ「先生が言ってたけど、多いんだって。小型のワンちゃんで歳を取ると半分以上がそうなんだって。特に後ろの二本足でジャンプして飼い主に飛び付くのが大好きだったり、何かに飛び上がったりして、後ろ足に負担をかけると起きるんだって。」
ココ「それから太ってるのも原因だって。私なんか、いまじゃぁスリムだけど、これもあのマズイ処方食とかって言うのを食べて痩せたのよ。痩せたおかげで膝が楽になったし、ガニ股も治ったもの。お腹が出てたからガニ股だったのよ、前はね。」
ナナ「ま、飼い主と先生がロンちゃんの治療は決めてくれるわよ。」
ロン「・・・痛くない方が良いなぁ。」
ナナ・ココ「何言ってんの! 男でしょ!」

順番が来て、ロンちゃんが入ってきました。飼い主さんと話をしたところ、まず飲み薬でやってみたいとの事でした。手術しなくてもいいと分かったロンちゃんは心持ち嬉しそうに帰っていきました。

<診察した獣医さんからのコメント>
 膝蓋骨脱臼はワンちゃんに起こりやすいトラブルのひとつです。膝蓋骨(人間で言う’膝のお皿’)が、膝の内側または外側に外れてしまう状態を言います。脱臼すると、ワンちゃんにもよりますが、『キャン、キャン』と鳴きながら痛い方の足を挙げるのが一般的です。大腿骨(太もものところの骨)の端っこに溝があって(滑車溝:かっしゃこう)深さが、生まれつき浅かったり、大腿骨と下腿骨(膝から下の骨)の軸が歪んでたりする事によって膝蓋骨が脱臼しやすくなります。また太ったワンちゃんにも多発します。成長する過程で外れているワンちゃんでは、痛みがなく一生を送ってしまう事もあります。
 治療法は大きく分けて、外科手術と内科療法に分けられます。外科手術には様々な方法があって、膝を中心にして上下の骨のねじれ方でグレードTからWに分けられ、それぞれに応じた手術が必要です。一方の内科療法では様々な鎮痛剤を使って、外れた時とその後の痛みを取ってあげます。手術と違って根本的に治す訳ではないんですが、痛みがなくなると普通に歩けるようになる事がほとんどです。但し、前にも書きましたが、不運にも側副靱帯や十字靱帯が切れてしまうと手術が必要になるケースが多いですけどね。
 予防法ですが、まずは肥満に注意。それから後ろ足二本でジャンプしたり、高いところにジャンプする癖を矯正した方がよいでしょうね。ワンちゃんを運動させる事は、非常に大切な事ですが、『過ぎたるは、及ばざるが如し』を忘れずに。