エッセイ
2001年07月16日


ガン治療の最先端


 先日、東京都内で獣医師を対象に「腫瘍の徹底攻略法」というセミナーが、株式会社ペット・ベット主催で開催されました。講師はアメリカ・ニューヨークにある世界最大、診療レベルも世界最高峰のアニマル・メディカル・センター(The Animal Medical Center ‘The’がついてしまうのがすごい!!)から腫瘍科主任、もちろん腫瘍科の専門医Dr.Philip Bergmanを迎えました。このアニマル・メディカル・センターという所、年間の診療頭数は7万2000頭、スタッフ獣医師80人という、それはすごい動物病院なんです。ここでは人間の大きな病院のように各科が分かれていて、一般内科、軟部外科、整形外科、腫瘍科、循環器科、内分泌科、麻酔科、放射線科などがあります。母体はニューヨーク市に住む数人の女性達が動物虐待防止協会をつくり、お金を出し合って小さな病院を作ったのがきっかけです。なんと1906年のことでした。時が流れて、現在このような立派な病院に発展していったわけです。(白亜のビルです)。

 今回は、この世界的に有名なDr.Bergmanの通訳をやらせてもらった関係で、獣医師として、一飼い主として彼と私の会話の中から心に残ったお話をしようと思います。
 動物病院にワクチンを打ちに来たワンちゃんがいました。食欲も元気もあって熱もありません。とりたてて異常らしきところはありませんでしたが、飼い主さんが言うに「ノドのところが両方とも腫れている」との事でした。大事をとってその部分から針で細胞を取ってみると、何とガン細胞らしきものが取れ、さらに詳しく組織検査(腫れ物の一部を取って検査すること)してみると、「リンパ腫」というガンでした。獣医さんの説明によると、「このまま放っておくと3ヶ月、抗ガン剤で治療すると平均1年くらい。」だそうです。そう聞いた飼い主さんは、「抗ガン剤で治療をしてください。」と言いました。かくして抗ガン剤治療が始まるというお話です。
 さて、もう一度よく考えてみましょう。「ワクチンを打ちに行ってガンが見つかった。でもワンちゃんは食欲があって、元気もある。一見しただけでは、とても病気とは思えない。でもガン患者には違いない。」獣医さんも飼い主さんも複雑な心境です。飼い主さんの心の中を覗いてみると。。。1)この子は本当にガンなのかしら?他の病院で診てもらったら間違いだったって事ないかしら? 2)抗ガン剤って怖い薬なんでしょ? 大丈夫なのかしら? 3)元気もあるし、治療する必要ってあるのかしら? などなど沢山の疑問と戦いながらガン治療を受けている事でしょう。一方、獣医さんはと言うと、1)見た目には全然病気じゃないのに、飼い主さんはちゃんと治療を受けてくれるだろうか? 2)治療しなければ平均3ヶ月、治療すれば平均1年。個体差があるので、治療しても4ヶ月で亡くなったら何て言おう。。。などお互い色々な思惑を持ちながら治療をしていく事になります。
 このお話を少し解説してみましょう。まずワンちゃんで一番よくみられるのが「リンパ腫」と言うガンです。この中には、身体にあるリンパ節(みなさんが良くリンパ腺というところ)がガンになってしまう多中心型(たちゅうしんがた:犬のリンパ腫の約80%))、胸の中のある部分にできてしまう縦隔型(じゅうかくがた:約5%)、胃や腸などにできてしまう消化器型(しょうかきがた:約5〜7%)、その他に分類されます。それぞれの型で若干の違いはありますが、病院で診断を受けてから何も治療しないと平均で3ヶ月くらい、抗ガン剤で積極的に治療すれば平均で1年くらい生きられる病気と言えます。呉々も誤解しないようにしてくださいね。「治療しなくても1年生きた。」とか「治療したのに1ヶ月ももたなかった。」とか聞きますが、病院に来た時にガンが進行している度合いがバラバラですし、それはあなたのワンちゃんに限って起きた事かもしれませんから。このデータは何百、何千という患者さんの平均ですので、個体差があって当たり前なんです。
 抗ガン剤というと「副作用」が頭に浮かびます。症状が出ていないワンちゃんに使うと、元気がなくなったりしますが、ガンで腫れていたところがスーッと小さくなっていく事が多いものです。また症状が出ているワンちゃんでは、信じられないくらい元気になります。このガンに使う抗ガン剤で禿げてしまう事はあまりないようですし、吐いたり下痢が激しいと言う事もほとんどありません。
 さて、もしあなたのワンちゃんがワクチンを打ちに行って、このガンだと宣告されたら。。。考え方は色々ですし、飼い主さんが考えて出した答えが一番正しいと私は思っています。「治療しない=悪い事、間違った事」とは思っていません。私は獣医ですが、同時にマルオ君(マルチーズ)の飼い主でもあります。もしマルオ君が不運にもこのガンになってしまったら、迷わず治療を始めます。できるだけ長く一緒に居たいですからね。
 さて、ヒトを含めて動物のガン治療はどうなっているかを少しお話ししてみましょう。ガンというのは細胞分裂(中学生の頃、聴いた覚えがあった・か・な?)が、異常に亢進した状態と言えます。何だか難しいのでもっと簡単に言いますと、分裂が勝手に止まらなくなってデキモノや腫れ物ができてしまう状態と言えるでしょう(中にはデキモノや腫れ物を作らないガンもありますが)。この細胞分裂の鍵になる部分をちょっといじってガンを止めてしまおうという方法(遺伝子療法)、また転移するのを止めてしまえば、元々あるガンを切り取るだけで済んでしまう(転移因子抑制治療)など、ほとんど副作用らしい副作用もなくガンを治す方法が考え出され、研究中であったり、一部はすでに使用されているものもあります。またヒトの方では一般的になっている放射線療法が、動物のガン治療に使われ始めています。施設が大がかりなため、日本でこの設備を備えている病院は限られていますが。。。このような研究や治療の目標は、「できるだけ副作用を抑えて、効果を最大限に!」という事です。一刻も早くそう言う治療ができる日が来ると良いですね。

 セミナーの間にオフの日があってDr.Bergmanと私は富士山を見に行ったり(結局見えませんでしたが)、横浜スタジアムにプロ野球を一緒に見に行ったりしました。その合間合間でガンに対する考え方、身の上話(彼も私も親をガンで亡くしている事)、自分の犬や猫がガンになってしまったら、健康に見えるのにガンをもっている動物をどうやって飼い主さんに理解してもらうか等々話が弾みました。ある時は獣医同士として、またある時は飼い主同士として熱く会話した内容は、私にとって忘れられない想い出になることでしょう。