エッセイ
2000年8月29日


それでもキャバリア
僧帽弁閉鎖不全症と血小板減少症


 キーワード「キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル」で、インターネット上の検索エンジンをサーチしてみると、ヒットしたホームページには必ずと言っていいほど、「心臓病」だとか「僧帽弁閉鎖不全症」などという言葉に当たります。最近では、飼い主さんの方からこの病気について尋ねられることが多く、情報の早さには驚かされるばかりです。しかし、中には他人から間違った情報をもらってくる飼い主さんも多いような気がします。
 ここでは、できるだけ分かり易く、キャバリアという魅力的な血統で、話題となっている二題、「僧帽弁閉鎖不全症(MI)」と「血小板減少症(Thrombocytopenia)」について解説することにしましょう。

【キャバリアの僧帽弁閉鎖不全症】

 心臓のしくみ
 まず「僧帽弁閉鎖不全症」についてお話しする前に、心臓の働きについてもう一度考えてみましょう。中学や高校の理科あるいは保健体育で、心臓のしくみや働きについて習った記憶があると思います。全身を回って二酸化炭素を受け取ってきた血液は、右心房に帰ってきます。右心房から右心室へ流れるわけですが、逆流しないように、二つの部屋の間には、弁(三尖弁といいます)があります。手押しの灯油ポンプを思い出すと分かり易いかも知れません。血液は右心室から肺に送られ、肺ではガス交換が行われます。つまり、二酸化炭素と酸素を交換するわけです。酸素をいっぱい含んだ血液は、左心房に運ばれ、全身に送るための左心室に行くことになります。この左心房-左心室の間にあるのが、「僧帽弁」と呼ばれる弁になります。左心室から血液が全身に運ばれ、また右心房に戻ってくるという循環系を形成します。ちょっと話は横道にそれますが、この心臓というポンプを動かしているのは、もちろん筋肉です。その指令としての電気を出しているのが、右心房にある洞結節(どうけっせつ)という所で、そこから導線のような「刺激伝導系」を電気が伝わることによって筋肉を収縮させます。この心臓を流れる電気を体の表面から拾い出し、記録する装置が心電計、記録したものを心電図と言います。

 心臓の病気
 前述したポンプのどこが壊れても、正常な血液循環は行われません。三尖弁がうまく閉まらなくなると三尖弁閉鎖不全症、左心室の出口が狭くなると大動脈弁狭窄症、心臓を作っている筋肉がおかしくなってしまうと拡張型心筋症や肥大型心筋症などと呼ばれます。ヒトで多い狭心症や心筋梗塞と言った、心臓の筋肉に栄養を送る血管(冠状血管)の病気は、イヌやネコではほとんど無いと言って良いでしょう。これはヒトとイヌやネコの心臓の大きな違いです。

 キャバリアの僧帽弁
 今話題の遺伝子学的に言うと、キャバリアは、「僧帽弁が若いうちに壊れる」という運命の遺伝子が組み込まれている個体が多い血統です。他の血統、例えばマルチーズ、プードルやヨークシャテリアのような小型犬種は、老齢になると僧帽弁がうまく閉まらなくなって、僧帽弁閉鎖不全症(Mitral Insufficiency)になる事が多いんですが、キャバリアは若い時期に発症し始める事が多いのです。「閉鎖不全症」などと言うと、あたかも弁が縮れて閉まりにくくなっているように聞こえますが、実は弁の性質が変化して、伸びてしまって閉まりにくくなっています。正常な弁ですと、聴診したときには、歯切れの良い音が聞こえますが、完全に閉まらないですき間の開いた弁では雑音が聞こえます。これが「心雑音」と呼ばれるものです。

 僧帽弁閉鎖不全症の診断
 聴診を主体とした身体一般検査に始まり、胸部レントゲン検査、心電図検査、心エコー図検査などを組み合わせて総合的に診断していきます。たったひとつの検査ですべて分かるわけではなく、色々な角度から判断します。中でも聴診で聞くことができる雑音は、その強さによって1/6から6/6に分類するのが一般的です。この分類は、僧帽弁閉鎖不全症の雑音だけを分類するものではなく、「心雑音の強さ」を表現する方法ですから、決して僧帽弁だけの雑音を示しているわけではありません。雑音が一番大きく聞こえる位置はどこか? どの方向に広がっているのか? 音の特徴は? などを聴診して、診断の一助にします。診察を受けた飼い主さんの中には、獣医さんからこんな言葉を聞いた方がいらっしゃるかも知れませんね。かなり専門的になりますが、心雑音の分類を表-1に示しておきます。
まぎらわしい分類に「心不全の分類」があります。これは1973年にヒト医学の方でNew York Heart Association (NYHA)が、身体の予備能力を基にした分類を作ったものを1994年に日本獣医循環器学会がイヌ用に改変したのを使っています。これにはクラスTからクラスVまであります(表-2)。呉々も「心雑音の分類」とお間違えのないように。
 さて、それぞれの検査で何が分かるのか簡単に解説しますと、胸部レントゲン検査では、心臓や肺の大きさや形が分かります。心電図検査では、心臓内の電気の流れが分かり、それによって不整脈の診断や心臓の大きさの予測などができます。心エコー検査には、実際の心臓の動きをそのまま画像で見る検査、心臓の筋肉の動きを時間の経過と共に観察して、その機能を判定する検査、心臓内の血液の流れを見るために色づけして観察する検査、ある一部を流れる血液の速さと量を判定する検査などに分かれます。詳しく検査するには、これらの機能を備えた器械が必要です。

 僧帽弁閉鎖不全症の治療
 ヒトの僧帽弁閉鎖不全症では、心臓を開いて、悪くなった弁を人工の弁に取り替えることができます。ところがイヌの方では、手術に関わる設備や技術、手術後の寿命などを考えると、現時点では薬を飲んで内科的に管理する方が、苦しまずに長生きできると思われています。ここでは、一般的に行われている内科治療について書いてみることにします。
 さて、心臓の筋肉そのものがちゃんと働いているのに、僧帽弁が上手く閉まらない場合、左心室からでる血液をできるだけスムーズに出せるように助けてあげる薬を使えば良いと言うことに気付きます。最近、僧帽弁閉鎖不全の管理に必ずと言っていいほど使う薬に、レニン−アンギオテンシン転換酵素阻害剤(ACEI)があります。商品名で言うと「フォルテコール」や「エナカルド」などです。聞いたことのある名前かも知れませんね。この薬を使うと、できるだけ身体に負担をかけないように血圧を下げることができます。血圧が下がると左心室から出ていく血液が、スムーズに流れるようになりますからね。この薬を主体にして、僧帽弁閉鎖不全症が引き起こした心不全に合わせて、利尿剤や他の血管拡張剤を組み合わせて使います。場合によっては、不整脈を治療する薬も必要でしょうし、強心剤が必要になることもあります。つまりケースバイケースで薬の組み合わせが決まるわけです。
症状が全く出ていない場合、つまり心不全クラスTの中でもTaと呼ばれるタイプの最も初期の心不全で、心雑音が聞こえた時に治療を始めるかどうか。もちろん始めた方が良いのです。なぜなら、雑音があると言うことは、少なからずとも逆流があることを示しており、進行する場合がほとんどだからです。ここでも間違えないで頂きたいのは、「雑音があれば必ず閉鎖不全がある」とは言い切れないことです。代表的な例では、貧血の時にも雑音は聞こえることがありますから、きっちりとした検査を受けることが大切です。また心不全のクラスU以上になりますと、症状が出ているわけですから、当然投薬が必要になります。
余談ですが、私が日頃管理させてもらっている心不全のワンちゃんを定期的に聴診していますと、薬の内容と量は全く変わっていないのに、雑音が1〜2段階変わることがあります。理由は分かりませんが、雑音が小さくなるとワンちゃんも調子が良いようですよ。

 クスリを飲ませたくない飼い主さんの功罪
 「先生、イヌは自然に。。。できるだけクスリは飲ませたくないんです。」これは、診療をやっていて、非常に良く聞くセリフです。ここでお話ししている僧帽弁閉鎖不全症について言えば、薬を飲まなかった場合、薬を飲んでいる場合より病気の進行が速くなるでしょうし、寿命も短くなります。薬を使うことは、病気になって歪んでしまった身体のバランスをできるだけ元に戻してあげることで、治らない病気では、なおさら維持管理してやる必要があります。
 確かに「主作用」があれば「副作用」があります。血圧を下げる薬を使った場合には、最初の何日間かは、”ふらつく”事がありますので、注意して観察して下さい。その他に、吐き気や咳と言った副作用が報告されていますが、数字的には1%以下です。何か気になることがあれば、かかりつけの先生に相談してみるのも良いでしょう。
製薬会社の開発の方向性として、「効果がより高く、副作用の出にくい薬」というのが永遠のテーマです。レニン-アンギオテンシン転換酵素阻害剤には何種類かありますが、以前に比べると副作用もほとんどなく、1日4回の投薬から、1日1回へと利便性も向上しています。

 補足
 ここではキャバリアに多い「僧帽弁閉鎖不全症」を中心に書いてみましたが、この言葉は一つの状態を表す言葉に過ぎません。心臓病は、様々なファクター(他の病気との関係、その他の弁の状態、心臓の筋肉の状態など)が複雑に絡み合っている場合が多い事を忘れないで下さい。それから、キャバリアの心臓病が「僧帽弁閉鎖不全症」だけではないこともお忘れなく。

【キャバリアの血小板減少症】

 血液凝固:出血を止めるメカニズム
 切り傷などで出血した場合、小さな傷はカサブタ(瘡蓋)ができて、気がつくと治ってたって言う事がありますよね。この出血が止まる「止血」というメカニズムは、血液中の様々な因子、カルシウムイオン、血小板などが複雑に組合わさって起こります。どれか一つが抜けたとしても、血が止まりにくくなってしまいます。また血液の中だけではなく、ホルモンの病気などでも血が止まりにくくなる病気がありますので、血が止まりにくいからと言って、必ず血小板減少症と言うことではありません。

 キャバリアの血小板減少症
 すべてのキャバリアが血小板減少症とは限りませんが、血小板が少ないキャバリアが多いことは確かです。前項でお話ししたことから考えると、「血小板が少ない=出血が止まらない」という事が言えます。しかし、キャバリアの場合、原因は不明ですが、血小板が少なくても正常に出血は止まるのがほとんどです。獣医学雑誌に報告されている研究をみると、血小板の大きさが他の血統に比べて大きいことが関係しているようです。一方、「キャバリアの血小板減少症は遺伝するのか?」という質問に対しては、「遺伝する」が答えのようです。つまり両親とも血小板減少症であれば、生まれてきた子犬は、血小板減少症であることが多く、逆に血小板数が正常な両親から生まれた子犬は、血小板数が正常な事が多いと言うことです。症状が全く出ていない血小板減少症のキャバリアに様々な免疫抑制剤を使って、正常になるかどうかやってみたという研究がありますが、ほとんど効果はなかったと報告されています。また、そのキャバリア達の出血は正常に止血したそうです。大切なのは、出血が正常に止まるかどうかと言う点で、現段階では「正常に止血していれば血小板減少症に対して、治療の必要はなし。」というのが結論です。
 血小板数を測定するには、血液を採って測定機器でカウントします。また血液標本を作って、概算する方法などもあります。
今後の研究を待たなければなりませんが、現時点で正常に止まるのであれば、血小板減少症について知っておくことは大切ですが、あまり心配しなくて良いと言うことです。ただし、他の血統と同じくらいの確率でキャバリアにも「出血が止まりにくい血小板減少症」があることも忘れないようにして下さい。
 ちなみにキャバリアほどではありませんが、グレイハウンドも血小板が少ない個体が多いようです。

 おわりに
 ヒトが改良してきた血統に出てきてしまった遺伝病。そのキャバリアが、図らずも人気犬種になってきています。キャバリアという犬種を理解し、一緒に楽しく暮らせる時間が少しでも長くなるように頑張りましょう。

表-1 心雑音の強さの分類 (Levine)

 1/6 ごく小さな雑音。注意しないと聞き取れない。
 2/6 小さな雑音。注意しなくてもすぐに聞き取れる。
 3/6 中程度の雑音。
 4/6 大きな雑音。”スリル*”を伴わない。
 5/6 とても大きな雑音。”スリル*”を伴う。
 6/6 きわめて大きい雑音。聴診器を胸壁から離しても聞こえる。

  *スリル:振戦(しんせん)。触診で感じることができる心臓または血管の雑音に伴う振動。
 注:この分類で使われている用語は、表によって違うことがある。

表-2 心不全の分類−まとめ

クラスT:無症状の心臓病
 聴診、レントゲン検査、エコー検査などで心臓病が見つかるが、症状がない患者。

クラスU:安静時や軽い運動時に心不全の徴候が認められる患者。
 典型的な心不全徴候には、「運動したがらない」あるいは「運動してもすぐに止めてしまう」、「咳」、「呼吸が荒い」、「腹水がたまり始めた」など。

クラスV:症状がきわめて明らかな心不全患者。
 「呼吸困難」「大量の腹水」「ほとんど運動できない」などの症状が出ている状態で、適切な治療を施さなければ、死んでしまったり、極度の衰弱状態となる。